近年パソコン普及に伴い、CPU高速化やハードディスク、メモリの大容量化が進み、音楽の制作環境や
レコーディングの環境も一変しました。そしてこういった流れには何かと弊害は付き物で、音楽業界のみ
ならず、パソコンの進化、インターネットの普及による多くの事件、犯罪などが起こったり法の規制が
追いつかなかったりと今も多くの問題を抱えています。
そして今まさに音楽業界が直面する問題は音楽配信やコピーに関する問題なのですが、音楽製作の現場では
パソコンとプラグインの誤解が少なからず問題をはらんでいるように思います。
まず、パソコンでのハードディスクレコーディング環境とプラグインは万能な魔法のスタジオでは無い
ということがあります。これは定番機の項目の後ろの方を読んでいただければ理解できると思います。
高性能パソコンとプラグインがあればマイクやハードウェアは重要ではないという考えはプロではありえません。
例えばギタリストがモデリングギターとアンプシュミレーターがあればもう何も要らないと思うでしょうか?
ドラマーがサンプリングドラム音源とエレドラがあれば生ドラムは無くてもいいと思うでしょうか?
そんな人見た事がありませんが、パソコンがあればどうにでも出来ると思っている人は結構います。
これらギターやドラムのハードウェアと同様にどうとでもとは出来ないのがパソコンとプラグインです。
またDAWでの作業は再現性が高く、フェーダーやPANの設定はもちろん、プラグインの設定も完璧に
記憶させておく事が出来ます。また、プラグインは数多く存在し多彩な加工が可能です。
タイミングや音程もかなりの変更を加える事が出来ます。
ハッキリ言って革新的で便利でしっかり使いこなせればいい事尽くめな機能といっていいでしょう。
しかし、この便利さは人をやはり怠慢にします。一つは前述のようなマイクやプリアンプの選定を怠る可能性。
もちろん選定だけでなく、機材を設定して音を追い込む事からも遠ざかる可能性を含んでいます。
これはすなわちProtoolsHDであってもプレイヤーへのモニター音が怠慢なものになり得るということであり、
その音を聴きながらプレイヤーがプレイする事になりかねないわけです。
後でプラグインで加工するから録音はそこそこの設定でいいというようなレコーディングはプロの
レコーディングとは到底言えません。そしてこれはともすればプレイヤーにも誤解を与えかねません。
エンジニアは演奏や音を加工してくれる魔法使いではなく、DAWも魔法の装置ではありません。
この誤解は本当にアマチュアに広く蔓延していると思います。もちろん大抵の事はプロであれば対応出来ますが、
アーティストがいいサウンドとメッセージを出し、それを共に作品に仕上げる事が本来のレコーディングです。
例えば歌においても音程などかなり加工できますが、棒読みで歌ったものに完全な感情表現をつけるような
ことは現段階で不可能ですし、意味もさして無いと思います。
ただレコーディングにおける補正が駄目だとかそういうわけではありません。
また、同時にプレイがよいということは必ずしも音符として正しいとは限らない事も忘れてはいけません。
またもちろん演奏にミスが多かろうがそれで機嫌を損ねるような人物もプロのエンジニアにはまずいません。
解決策を模索し、リラックスしてもらい、最終どんなに細かいパンチインをしようと最良の結果を目指します。
要は最大限の事をアーティストとエンジニア双方で行い、一つの結果を目指すことが重要なのです。
そして先ほどの再現性ですが、これも甘えすぎると緊張感とイメージの鮮度を薄れさせてしまいます。
保存が利くからといつまでもダラダラと作業をしていると録音時のイメージを忘れてしまいかねません。
前節でも触れましたが収録プレイは唯一無二なわけです。そのイメージを忘れずにパッケージする事によって
明確にその後の作業を行う事が出来るわけです。もちろん新たなアイデアが出れば実験しますが。
ここでダラダラとしすぎると前述で触れた原音たるプレイの意図も忘れて加工してしまう可能性もあります。
もっとも本当に迷い無いプレイの録音物でその状況になることはなかなか無いと思いますが。
プロのエンジニアもほとんどの方がProtoolsHDを使いますが、やはり締め切りに間に合わせる意識や、アナログでの
ミックスの知識と経験を持った上でのProtools内ミックスであり、はじめから利便性に甘えているわけではない
ということが重要なのだと思います。
パラメーターは完全に復元できてもその時のエンジニアの思考までは完全に復元できないのですから。
そして復元ポイントから向上することは単に更なる加工ではなく加工しすぎたものを戻すという行程も同程度の確率で
発生するのを忘れてはいけません。過剰なEQやコンプ処理を避けるうえでもこれは重要です。
いつまでも加工していては下手をすると疑心暗鬼に陥って正確な判断力すら失いかねません。
もしお手元の製作物が煮詰まっていたら大量のプラグインが串刺しになっていないか確認し、再度冷静に
サウンドと向き合ってみる事をオススメします。
ただもちろん串刺し状態でももちろん狙った音になっていれば問題ありません。
そして期間内に作品を作るという行為はプロではどの業界でも必要となる至極当然な事です。
生涯にわたって作品を追求するのはアーティストの性ですが、それではプロミュージシャンでやってはいけません。
ですがこれはネガティブな事ではなく、アーティストは瞬間を切り取りながら結局生涯アートを追及するもので、
時に過去の瞬間が現在を未来へと繋ぐ鍵になったりするものだと思います。
また、プラグインでの製作は効率がいいものの回転率を意識したスタジオであれば設定の使いまわしで
最悪同じような音が延々と作られる事もありえます。
その際もしスタジオお決まりの同じようなマイク、マイクプリの設定で音も作りこまれていなければ10曲入りの
CDの音(あるいは曲そのもの)が全部一緒に聴こえるなんてこともあまりに酷い場合ありえるかもしれません。
少なくともそれに近しい現象は既に起こっていると思います。
こういったPCの幻想はなくなりつつありますがまだまだ蔓延しており、安易なスタジオの増加を招いています。
そして同時にアーティスト、プレイヤーの知識、感情表現やこだわり、演奏能力の低下を進行させているように思います。
ぶっちゃけた話、万人がいい音と思うようなサウンドを求めるのなら、シュミレーターで必死にそれっぽくいじるよりも
いい音が出る本物を使って、いい音をいいマイク、マイクプリで収録する方が断然早いです。
普通はプロミュージシャン、プロエンジニアならそんな事は100も承知でやっている事です。
また、感情表現を理解する意味ではエンジニアも何らかの楽器のプレイが出来る事や歌えることは重要です。
特に歌は複雑な表情が存在するため、音程だけではなくそれらを聴き分けられなければ話になりません。
それらの表情をより確実に理解する意味でライブを見に行く事も非常に重要です。
ライブでは大抵の場合お客さん、つまり対象者に訴えかけるため非常に外に向いたプレイが展開されます。
しかし、レコーディングの場合対象者が曖昧になる場合もあり、極論歌であれば誰かではなく、マイクに音を入れるだけ
のような内向的なテイクになる場合もあります。これらの変化に気付けないようではまさにどうにもなりません。
即座にアドバイスと対処を行い、アーティストの状態を良好にするのもエンジニアの仕事です。
いいバンド、いい作品は確実にフォーカスが合っていて、明確な方向性を示しています。
なお、MORGメンバーも可能な限りライブに行っていますが、同時に耳に負担をかけないために最後列付近や
高域がかわせるポジションで聴いたり、耳栓で音を減衰させて聴いたりと配慮も怠ってはいけません。
ライブと音源は異なりますし、アプローチも様々、プレイの表情も狙いが同一とは限りませんが、いずれにしても
音源内の表情、ライブ時の表情など、プレイの表情を感じとるということは確実に必要になります。
本来のレコーディングはアーティストが表現したものを受け止めて次節のミックスで作品をまとめていくわけです。