レコーディングにおける『時間がかかる、時間をかける』のあれこれ
近年音楽製作は手軽になったという話や、レコーディングが身近になったという話、音楽製作にに予算をかけられないといった話が多くあります。
実際そう感じる反面、ほんとにそうかと思うような部分もあります。
今回はレコーディングにおける時間について現場目線で書いてみます。
レコーディングを行うにあたりレコーディングスタジオを選ぶ場合、多くの場合は予算に対して時間でプランを練ることになります。
これがレコーディングを行うにあたりレコーディングエンジニアを選び、レコーディングスタジオを選ぶ場合は予算に対してエンジニアへのギャラとスタジオ代という形でプランを練ることになります。
いわゆる物凄く大きなスタジオで無い限り、スタジオ代金には大体エンジニア料が含まれています。
というか含まれているように見えて実質タダみたいな感じです。
中にはもちろんエンジニア料をもらって色んなスタジオに行く方もいるのですが、あんまり関西圏(というか首都圏以外)ではエンジニア料をもらって働くという文化自体あまりありません。
ここではいわゆる『頂くのはエンジニア料のみでホームスタジオなのでスタジオ代がタダ』みたいな方は一旦除外しておきます。
(中にはバンドも録れる立派なスタジオを持っていてこういう解釈の方もいるかもしれませんが、そうで無い方が大多数なので。)
こういったことを予備知識として頭においていただいて、レコーディングにおける時間の感覚を整理したいと思います。
まずレコーディングをなるべく安く、短時間でやりたいという考えはこのご時世当然のようにあると思いますし、むしろ当然と思います。
それが絶対的に予算面の問題である場合は大概の場合時間割で考えて安いスタジオを使うことになると思います。
安いスタジオは当然単価が安い分売り上げは低く、投資に回せる金額が少ないため環境、機材スペックで劣ってしまいます。
これは音質の話もさることながら、オペレーション速度にも関わります。
例えばProtoolsHD10以降はメモリキャッシュ機能により、トラック数が多くても再生ボタンを押すとほぼ同時に再生が始まります。
これがそれ以前のシステムになるとタイムラグが発生してしまうため一日の作業となると馬鹿にならない時間のロスを生みます。
TDM環境では新規トラックを作る場合や、重いプラグインを使う場合も最新の機材と比べて大幅に時間を使います。結果ミックスにおいてもストレスを抱えます。
感覚で言うと最新機材で1秒で出来る事に4秒かかる感じです。これが300行程あるとそれだけで15分のロスです。
また、充分なチャンネル数の無い機材を使いまわす場合のパッチングなどにも時間をとられます。
こういったオペレーティング上の作業効率の悪さで時間がかかる側面があります。
当然ながらそれはレコーディングの進行において多大な影響を及ぼしかねないストレスに繋がるものです。
求めるクオリティーが中程度だとなかなかわからないのですが、一つ一つの細かな部分で時間がかかってしまいます。
こういったロスがどの程度レコーディング行程に具体的な影響を及ぼすのかはこの後を読んでいただければわかりやすいかと思います。
次にレコーディングを行うにあたり、エンジニアに依頼して行う場合。
そのエンジニアがスタジオに所属していて、スタジオもそのスタジオでOKであれば当然話は早く、そのスタジオが安いスタジオで無かった場合に若干の金額の上昇があるだけの話です。そうでない場合はエンジニアと予算の相談をし、使用するスタジオを選定します。
いわゆるエンジニアの仕事をしている方は自前の機材も持ち込むのでスタジオスペックもそういった機材とスタジオ側の設備を照らして選定できます。
市営のスタジオなどを借りる場合もあります。
この場合、レコーディングにかける時間と予算の話が先ほどのパターンとは違ってきます。
まず第一に、エンジニアとレコーディングをするということ。これに関しては近年エンジニアに必要とされるスキルに『ディレクション』『プロデュース』という要素が色濃くなってきたことが挙げられます。
ちょっと話が前後しますが、エンジニア同様にディレクター、プロデューサーを雇う場合も同様と思ってください。
(このあたりのくだりはほかのコラムで書いてますのでこの項では省略します。)
エンジニアという職業はディレクター、プロデューサーと仕事をする機会があって当然なのでこれらのスキルに触れることが出来ます。
その方法も人によってそれぞれ違うので、多種多様な解釈や手法に振れられるエンジニアという仕事はかなり恵まれたポジションなのかも知れません。
ただ、こういったポジションになるにはそれこそエンジニア側にも時間とお金がかかります。
良質な経験を積んでそれなりに有名な案件をこなすまでに何年もかかりますし、機材もそれなりには必要になります。
こういったパターンの場合、予算が限られていてもその中でいかに有効に時間をかけるかという考え方になっているのにお気付きでしょうか?
つまり、この場合はエンジニアやプロデューサー、ディレクターとスタジオで音楽に向き合う時間をなるべく多くかけたいわけです。
当然ですが多くの人間が関わるほどやり取りそのものは増えるのでそういった面では時間がかかります。
しかしながらそれだけの人材がスムーズにやり取りが出来る環境であれば良いテイクは結果として素早く出るという側面もあります。
とはいえ、予算上時間をかけられないような場合の巻き進行に比べると確実に時間がかかってしまいます。
時間をかけたくて時間をかけているので当然なのですが、そこに存在する様々な行程や内容は録音物のみではなく、経験として各人を成長させます。
これが大きなポイントで、時間と金額でスタジオを選んでレコーディングするという側面からはなかなか理解できない部分です。
また、こういった『時間をかける』という状況は各人がそれなりにキャリアを積んでいることや、信頼関係が無くては難しいです。
当然スタジオ環境も重要になってきます。それぞれに時間と費用をかける価値が求められます。
スタジオと一言で言っても様々で、フルオケが録れるようなスタジオから、リハーサルルームがあるスタジオ、ワンコントロールにワンブースなど沢山あります。
ただ、当然ながらいいスタジオになると金額も高くなってしまいます。ですのでスタジオの作りや機材を調べる必要が出てきます。
時間をかけるにあたって、そのスタジオでどんな音が録れるのか?どんな機材を使うことが出来るのかというのは重要です。
例えばボーカルマイクを選ぶ、ドラムを選ぶ、ギターを選ぶ、アンプを選ぶなど様々な選択肢があることはレコーディング時には大変有効です。
当然ながらそういった機材は非常に高額なので同じ時間をかけるにしてもその質は全く異なります。
一般的なボーカルマイク『NEUKMANN U87ai』が金額にして30万程ですが、いわゆるハイエンドなチョイスになると『NEUMANN U67、U47』で100万前後になってきます。
プリアンプやコンプレッサーも価格はもちろん数量を揃えるとなるととてつもなくお金がかかります。
例えばドラム録音に16CH程のOLD NEVEを揃えるとなると、世界中から探してうまく買っても1000万以上かかってしまいます。
そういう一般的にはあまり現実的ではないような機材を有するのもスタジオなのだと思います。
ちょっとやそっとの人が頑張っても不可能なことが当たり前に出来るからこそスタジオに時間をかける価値があります。
そ の上でアーティスト、ディレクター、プロデューサーの希望に応えるレコーディング内容を提供するにはそれだけ大量の機材を使いこなす技量と現場にストレス をかけないオペレーティング技術も必要になってきます。必然的にエンジニアのスキルも一定以上無いと時間を無駄にロスする事になるため、こういった状況下 では費用をかけるに値する人材が必要ということも理解していただきやすいのではと思います。
逆も然り、素晴らしいエンジニアを雇うのでその方の力を存分に発揮できるスタジオを選ぶという事になります。
録音物のクオリティーについては正直経験をしないとピンと来ない部分が多いのですが、例えば長年一線で時間をかけることも経験し、高いクオリティーを叩き出している方は時間がかけられない状況でもある程度のクオリティーに到達できます。
しかし、時間をかけられずそれなりに良いと言われるクオリティーの人に時間を与えても劇的に良くなるというようなことはありません。
その人が若干余裕を持ってその人なりの現状ベストな作業が出来るだけの話です。
あたり前ですが絶対的な仕事のクオリティーを経験上理解していないことには結果に到達する事は出来ません。
録音物の製作はモロに各人の経験と技量が結果に影響しますので、時間をかけるべき人に時間を与えないと非効率です。
このあたりは強引に引き合いに出せば格安のレコーディングサービスで『時間を気にせずレコーディングできる』みたいな状況がセミプロ、インディーズ界隈ともなるとさして有効な選択になっていない状況がわかりやすいのではないかと思います。
かなり前のコラムでも書きましたが、こういったこともアマチュア、インディーズはレコーディング費用をかけすぎているか、かけな過ぎている状況なのだと思います。
時間とお金をかけないようにするがゆえにかかってしまう時間や得られない経験があり、時間をかけるということの裏にはこういった様々な要因や得られるものもあるということがわかればレコーディングはもっと楽しくなると思います。
2015/7/24