“経験と知識を持った人間”と“環境”


色々と書いてきましたが、環境と機材も当然ながらそれを使う人間が最も重要です。
プロの世界は締め切りが存在し、エラー等の失敗は絶対に許されません。
確実に指定の期間内に指定された形で納品しなければリリースにすら影響が出てしまいます。
ですのでプロのエンジニアには絶対的な経験の量と完全な知識が必要になります。
誰しもはじめからそんな人間になれるはずもないのですが、ある一定の次元からはやはり
前節までで述べた“プロユース”な環境での長期の作業経験が必要不可欠になります。

プロの環境がわからないままプロは育ちません。

また、プロといえど限界は存在します。エンジニア、アーティストの技量はもちろん、作品作りにおける
意思疎通がしっかり出来なくてはいい作品は生まれません。

経験上いいプレイヤーのプレイをレコーディングする事はエンジニアの腕を高めます。
特にプロミュージシャンは出音の段階で違います。それは同じセッティング、同じチューニングの
ドラムの生音であっても圧倒的に違ってきます。
こういったサウンドは生音で明確な完成形を示している場合が多く、その際エンジニアはいかに
その音をしっかりと録音するかという点に集中できるため、結果、マイキング等の基礎技能が
が綿密かつ明確に行われることになり、技術の向上と機材にとらわれない
出音というものへの意識を芽生えさせるに至るわけです。

つまり機材とエンジニアどちらが欠けても“プロユースのスタジオ”にはなり得ないという事、
そしてアーティスト、プレイヤー、エンジニアの努力無しに良い作品は生まれないという事なのです。

“プローユースのスタジオ”の特徴を挙げてきましたが、難しい事に本当に全てが揃っている
スタジオというのはなかなかありません。

必要な機材が全て揃っているスタジオがまず限られている事、それによって若手のエンジニアが
育っていないという事、“プロユースのスタジオ”を知らないエンジニアが増え、それにより一層
機材環境に対する意識が薄れ、フリーになったベテランエンジニアの行き場も無いという連鎖が
このレコーディングスタジオ業界(主に歴史の浅いスタジオ)に起こっています。

また、商業ベースのスタジオでは人件費の問題や効率化のためベテランエンジニアが
管理職になり、バイトを募集して新米がレコーディングを担当し、およそありえない内容の
作業を行っているケースもあります。これは実際にMORGでミックスのみの依頼を受けた際に
ありましたが、あきらかに機材トラブルと思われる電子クリップがボーカルトラック全体にあったり、
パンチインのテイクの音量差がちぐはぐだったり、楽器のチューニングが出来ていなかったり、
レコーディング機材や環境以前のところに問題のある素材を受け取りました。

聞けばそのスタジオはその土地では誰もが知るトップクラスに有名なスタジオであった事も驚きました。
もちろん別の作品でのそのスタジオのメインエンジニアの音は素晴らしい出来でした。
若手のエンジニアは特に新旧の音楽を聴き、音の歴史を知らなければ向上はありえません。
決して現代の音=最良の音とは言えませんので。

そしてこんな事態に前述のパソコン、プラグインの誤解が進めば演奏時の音、メッセージそのものが
その瞬間に責任の無い、空虚なおよそ芸術と呼べない『ただの音』になりかねません。

はっきり言って音楽業界のバブルはとっくに終わっていると思います。
レコーディング産業も全体では衰退の一途を辿っていますが、一方本当に良い音を
追求するスタジオ、エンジニアは頭角を現し、生き残ってきています。

これから恐らく更にレコーディングスタジオは増加し、また淘汰される事でしょう。
前述したとおりパソコンが魔法のスタジオで、プラグインがあれば何でも出来るというような
幻想も近年DAWの普及が一定規模を超えたあたりから打ち砕かれてきています。
簡易なレコーディングスタジオと本気で音楽に取り組む個人の環境に差が無くなってきたのも
一つの大きな要因と言えるでしょう。
同時にあきらかに悪質、無知なレーベルも減少傾向にあります。
とはいえ様々な情報と相談を今も受ける事があるので十分な注意が必要です。

また、 自宅環境でレコーディングを行うアーティストも増えており、クオリティーも上がっています。
そして自宅録音作品はスタジオ録音でありがちなボーカルの表情など、テイク自体が良く無い
という現象があまり見られないということもクオリティー向上に繋がっているように感じます。
エンジニアが切り上げたテイクではなく、自分が納得するテイクを残しているわけです。

コンピューターの進化や時代の流れは目まぐるしく流れますが、音楽は目に見えない、
高度な芸術であり、無意識のうちに身の回りにあり、時に人を勇気付け、元気にしたり、
また逆に暴力にもなる、人間の生活に多大な影響を与える芸術です。
それを仕事として行うという事は決して安易な考えで行うべき事では無いと
先輩業者に教えられた事があります。当時から全くそのとおりだと思わされました。

今でもMORGではお金の為に音楽を仕事にするなら他の仕事をするように言います。
はっきり言ってその方がその人にもいいです。音楽に関わる仕事は重労働ですので。
長時間の集中が必要で、それでいてミスは許されませんし、言い訳も出来ません。
そして何より全ては結果として明確に作品として記録されてしまいます。

硬い事を長々と綴っていますが結局は芸術が芸術らしく生まれるにあたりMORGの現場は常に
フランクでリラックスしていただける雰囲気です。その空気が創作には必要と思います。
集中とリラックスを行える環境は無駄なく効率よいシステムとそれを操るエンジニアによって生まれます。
そしてアーティストの集中とリラックスがレコーディングに呼吸とリズムを与えます。

スタジオもエンジニアもアーティストも一丸となって良い芸術を世界に打ち出せる、
そんな創作活動が出来るよう相互理解と努力を重ねていきたいとMORGは思っています。

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