ここでは『業界標準!Protools!』という表記に対して、『ProtoolsHD』でない事が
詐欺に等しいと書いた事を展開すべくレイテンシーについて書いてみます。
その前に、業界標準なのはまず『ProtoolsHDシステム』であると言う事を述べて
まずはズバンと上記の表記がおかしいと言う事を書いておきます。
いわゆる大手スタジオでProtoolsですって言ってHDじゃないなんて事はないです。
どこの業界のことか知りませんが、プロのレコーディングの世界ではHDが標準です。
Protoools24MIXなどのスタジオもありますが、これもHDに準ずるシステムです。
よって、『Protools LE、9、10』等のいわゆるHDではない下位のソフトウェアは業界標準とは
言えません。
呼称ではわかりにくい技術面での説明は『何故”ProtoolsHD”なのか』もあわせて参照ください。
では、続・レイテンシーについて。
レコーディングにおけるレイテンシー、つまり遅延とは演奏している音が録音され、モニターヘッドホンなどに
音が戻ってくるまでに遅れが発生するという現象を指します。
要は声の場合…
シンガー→マイク→マイクプリアンプ等→ADコンバーター→DAW→DAコンバーター→モニター
みたいな感じになるのですが、特に『ADコンバーター→DAW→DAコンバーター』でレイテンシーが多く発生します。
これについてはGoogle検索でいくらでも出てくると思いますのでこんな感じで。
これをProtoolsHD以外のシステムで回避するには例えばモニター用のアナログミキサーが必要になります。
このあたりの説明は『何故”ProtoolsHD”なのか』の図の部分を参照ください。
で、ここでたくさんのネイティブDAWユーザーは思うわけです。
『最近のコンピューターは進化していて気にならないレベルまでレイテンシーを抑えられますよ。』と。
待て待て、最近ってあんたデジタルレコーディングが主流になったのだってそんな長い歴史はないですし、
それこそパソコンがこれだけ普及してDAWがこんなに普及して、ホームレコーディング環境みたいなのを
持てるようになったのこそ最近ですよ。
そもそもそういう事を仰るかたがたはまずレコーディングスタジオで経験を積んだというような経験は
まずないことと思います。
モニターに遅延が出るということは演奏にモロに影響しますので、シビアになって当たり前。
そして同時にマシンが安定して動く事もやはり当然求められます。
という感じの話はまたまたGoogle検索でも出てくると思いますが、レイテンシーのもう1つの捉え方を
書いてみたいと思います。
これは業界の大先輩であるシンガーさんとお話した時に出た話題です。
そのシンガーさんは『レイテンシーがあるとヘッドホンをつけて太い声が出せない』と仰いました。
これがどういうことか????
ではまずはレイテンシーを目で見てみたいと思います。
早速AVIDさんのページからレイテンシーの比較表を拝借。
バッファサイズ64サンプル、96Khzとなかなかハードな設定条件下での比較です。
基礎知識としてバッファサイズを上げるほどCPU負担が減る代わりにレイテンシーが増える。
つまりはバッファーサイズ64というのはなかなかにCPUに負担がかかる状況です。
そしてサンプリングレート96Khzという設定は、48Khzに比べて約半分くらいレイテンシーが少なくなります。
48Khz設定の場合、ざっくり倍くらいのレイテンシーが発生します。
参考までに一番左のProtoolsHD及びHDXはレイテンシーに関してバッファーサイズに左右されません。
つまりプラグインの演算を挟まない限り、安定して上記の低レイテンシーを保つことが出来ます。
ちなみにDSPプラグインの場合、演算速度は相当に速く、数サンプル程度の遅延です。
では、上記のようなレイテンシーがモニター、演奏者にどのような影響を及ぼすのかを波形で見てみます。
シグナルジェネレーターで単音を生成し、遅延したファイルと同時に再生していきます。
まずは表にある『一般的なUSB2.0インターフェース(7.0ms)』から。
左の波形で80Hz、200Hzが特に逆相気味になっているのがわかります。
右上のグラフの濃い線が単体で再生した場合の信号レベル、薄いほうが原音と遅延した音を同時に再生した場合の信号レベルです。
200Hzでは位相がかなり逆相に近いので10db以上の減衰が見られます。
次に『一般的なFireWireインターフェース(5.3ms)』。
今度は80Hzと100Hzで影響が顕著です。
特に80Hzは大きく減衰しています。
ここで一番左の『ProtoolsHD(0.47ms)』を見てみましょう。
はい、一見してわかるようにほとんどずれません。
このHDのグラフのみ右上のグラフは薄いほうが単体、濃いほうが原音と遅延した音を両方を鳴らした場合です。
今までのように逆相気味になっていないので両方鳴らしたほうが音量が大きくなっています。
要するにこれはどれだけ音声が遅れるかというより、遅延音がどれだけモニターとして原音に影響を与えるかという話です。
念のため、さっきから出てきてる逆相とはなんぞや????
と言う方のために、80Hzを完全に正相と逆相にして同じ音量で鳴らすとこうなります。
はい、右上のグラフに注目してください。
ええ、無音です。
完全に音が打ち消しあっている状態になります。
そして、先ほどからの波形を見ていただければわかりますように、音の周波数が低いほど波は大きくなります。
ここで周波数って何ぞやって事ですが、ここではざっくり一秒に何回振動するかの数字(80Hzなら80回)で、
数字が大きいほど音程が高いくらいに思ってください。
で、ここでは波が大きい(音程が低い)ほど逆相の影響を受けやすい程度に思ってください。
ではここで『レイテンシーがあるとヘッドホンをつけて太い声が出せない』という発言にもう一度戻ります。
すると、この逆相のモニターによる影響が多分にあるということではないかという考えに至ります。
例えば100Hzあたりは男性ボーカルではたっぷり含まれますので、そこに違和感が出て喉を調音出来ない、
あるいはヘッドホンからの逆相の振動が発声を妨げていると言うようなことも考えられます。
つまりレイテンシーは音が遅れるからプレイしにくいという事のみならず、位相のずれによる違和感もまた
見過ごせないポイントなのだとおわかりいただけるでしょうか?
また、位相の乱れはモニターだけではありません。
例えば部屋の共振。
簡易防音室なんかではどんなにデッドにしても100Hzあたりは全然吸音できません。
発声した低音が床を伝い、壁を振動させ、容赦なく録音に影響を与えます。
そして『激安レコーディング』はこういった劣悪な環境をほぼ全て満たしてしまいます。
なので通常レコーディングスタジオは浮き床という床と壁が絶縁されて振動が伝わらない構造で設計され、
その上で建物の共振を避けるため、質量の重い分厚いコンクリートで作られていたりします。
(MORGもスタジオはRC構造のコンクリート建造物で浮き床構造を採用しています。)
重さで言うとマイクを支えるマイクスタンドも当然振動を避けるために重く、プロレコーディングスタジオの
マイクスタンドの定番『高砂PS-38』は重さ11Kgもあります。プロ用スタジオって徹底してるでしょ??
宅録でどうしてもプロのような太い音が録音できないと思っている方は少なくないと思いますが、
こういった根本的な部分の影響は少なくありません。
強いて言えばモニターの音量を小さめにするとか、部屋の反射をなるべく拾わないようなフィルターをつけるとか、
床(壁)への振動を抑える工夫をするとかです。いずれにせよプロのレコーディングスタジオとして稼動するには
ちょっと厳しすぎる感じなのはおわかりいただけるかと。
でもサンダーボルトインターフェースも出てこれからはProtoolsHDでなくてもいける!
と言う方もいるでしょう。
では某メーカー公称の2msの表をどうぞ。
これは右上の表の見方が難しいのですが、80Hz、100Hzが原音のみが薄い線、両方鳴らしたものが黄色い線です。
200Hzはオレンジの線が原音のみ、黄色の線が両方を再生したものです。
さすがこの場合80Hzと100Hzは逆相気味にはなっていません。
が、200Hzでがっちり逆相気味です。
そしてProtoolsHDとの差はやはり圧倒的という感じです。
『業界標準!Protools!』と『業界標準!ProtoolsHD!』の違い、おわかりいただけましたでしょうか?
次項では『音楽製作、レコーディングにまつわる誤解の蔓延』としてつらつらと書きたいと思います。