前回のコラム更新から一年が経ちましたが色々と書きたいことが溜まったのでまとめます。
1.WR-81発売
MORGでは沢山のOLD NEVEを所有し、近年はメンテナンスやモディファイも行ってきましたが、オリジナルのプリアンプであるWR-81を開発しました。型番の通り、WR-81はNEVE 1081を意識しています。プリアンプカードは思うところあってオリジナル1081で採用されているプリアンプを完全コピーではなく、後に機能向上が図られた型番のアンプカードをリビルドしています。完全ディスクリートで設計され、徹底したハンドメイドです。既に著名なサウンドプロデューサー、エンジニア、作家さんに導入していただいています。
NEVE1073は少しダークでローミッドが強いものと思っておられる方もいると思いますが、状態の良い個体は非常に抜けの良いギターで言えばストラトキャスター(フロント)のようなトーンを持ちます。
しかしながらハイの落ちた個体の印象により、サウンドの特徴にローミッドを期待する方には現行機種は物足りなく感じられることが多々あります。ローミッドの押し出しについてはNEVE1081の方が顕著に強いのですが、個体数があまりに少ないため一般的に認知されているとは言えない状況です。
そこで開発したのがWR-81で、1081同等回路の中で現代にベストの組み合わせで設計されています。
ビンテージのアンプカードとも換装可能なフレーム設計になっているのも特徴です。
こちらはWAVE RIDERで様々な検証を行い、WAVE RIDERブランドとして販売しています。
(お問い合わせはMORG又はWAVE RIDERのお問い合わせフォームからお願いします。)
あわせて1073の回路もメンテナンスを重ねる中でビンテージサウンドと現代のリビルド品やコピー品との違い、求められるサウンドの好みの違いを分析した結果、サウンドチューニング機構としてVBフィルターとAGE SWITCHというオリジナルの可変機構を開発しました。こちらはNEVE1073系の機器をモディファイする際に搭載しています。いわゆるバキッとした個体から、ピークを徹底的に和らげる固体の特性を段階的にコントロールできます。この機構の設定値によって起こる変化は、ゲインを稼いだ場合のサウンドやEQの質感にも影響を与えるので「個体差」を選ぶ感覚で多様なサウンドを作り出せます。この機構で変化させているパーツは多くのビンテージNEVEでその数値や扱いが異なっており、時に故障している部分です。AGE SWITCHはこちらが個体差を生み出していることの一因である事を証明するものです。
現在門垣は「NEVE MASTER」という肩書きを名乗らせていただいていますが、状態の良いビンテージの所有、使用はもちろん、こういった解析を行い、神格化されたり、間違った伝わり方をしているOLD NEVEの魅力を確実に時代にあった形で伝えていきたいと思っています。
2.新たな人材の育成
WAVE RIDERに入社した冨田さんがエコノミーパックのレコーディングエンジニアとしてデビューしました。多くの現場のアシスタントを経験し、マイキングやミックス、楽器の扱い方、ワークフローなどを覚えてもらい、徐々に技術を習得してもらいました。
専門学校卒ということもあり、基礎をかなり飛ばして育成しています。
今回育成中に思ったのは基礎をひとつづつ教えていくという教え方は多分もう古いのかもということ。
マイクを繋いでプリアンプでゲインを上げてみたいな基礎は多分エンジニアをやりたいと思う人なら知っているか、すぐにネット検索で知ることが出来ます。それよりもなんでこのゲイン設定でこのマイキングでっていうことや、それをミックスでどう扱ってどう最終的に仕上がるのかという流れを見せることの方が大事と思いました。基礎が無いから見ていてもわからないのではなく、わからないから調べるか聞くかするほうがレコーディングやミックス、マスタリングという作業の本質に意識がいくという考え方です。
ミックスにいたってはこれは社内から批判もありましたが、ミックス用にデフォルトチェーンしたプラグインを挿したトラックを呼び出して行いつつ指導しました。当然最初は何をやっているかわかりません。やりたいことに対してどのプラグインでどうする、このプラグインはこのパラメーターがいいみたいな感じから教えることで、何をやっているかわからない不安はありながら、結果と差分で計算してたくさんのプラグインに触れることになります。もちろん失敗や何から手を着けていいかわからないということは起きるのですが、ひとつ理解できてくると各パートやプラグインの用途や相互関係が一気に見えてくるようになります。また、このやり方の場合は一見与えられたプラグインプリセットで作業するという受動的なものに思われますが、逆に非常に多くのプラグインを能動的に理解するということが求められます。こういった能動的な理解はひとつ理解できると、パズルのピースがはまるようにあらゆることに対して効力を発揮します。これはアシスタントとして現場にいる際のレコーディング時のやり取りの理解やミックスやマスタリング時それぞれにおける考え方の切り替えなどに気付き、能動的に理解していくことにもつながります。
「能動的に」これがキーワードです。
3.多くの一流音楽プロデューサー、ディレクターとのレコーディング、ミックスで学ぶこと
近年はWAVE RIDERの仕事で多くの一流音楽プロデューサー、ディレクターとお仕事をすることが増えています。ここで学んだことと先の人材育成に絡む部分をまとめます。
まず、一流の皆さんは言い回しがめちゃくちゃうまいです。例えばレコーディングを開始し、プレイバック後、演者に「どうでした?」と聞かれたとして、「Aメロのピッチが全然ダメだねー、サビ走ってるし。全然ダメ。ちゃんと練習したん?はい、もう一回。」みたいなことはまず言いません。理由は簡単、演者のモチベーションが下がりかねない要素が多分に含まれているからです。実際もしそんな内容であっても「まだ歌い始めたばっかりだしもうちょっとやってみよっか!」などで様子を見て、具体的な指示が必要になった場合は「ちょっとだけまだノレてない感じがするかなー?一回ちょっとオケのノリを確認してからやってみよっか!」などああしろこうしろという表現はあんまり使わない傾向にあります。(もちろん時間が無い場合などは具体的に指示されます。)これはとてもデリケートな問題なのですが、そもそも多くの場合レコーディングしている音楽は演者のものです。ですのでやらされているという感覚や、自分の考えと違うという風に、外部の意見に異物感を持ってしまうと円滑に事が進みません。ですので指示ひとつにしても演者が納得し、能動的に行えるように配慮する必要があります。例外的に絶対的なキャリアがあり、説得力を持って素晴らしい意見をガンガン言って成功する例もありますが、今の時代だと正直制作スタイルも色々あるのでワンマン指示の現場は現代にはマッチしていない気がします。
これは究極の話ですが、名ディレクターは一見その場にいるだけで何の指示もしていないような場合でも実は現場を円滑に操作しているということを何度も感じました。その場にいるだけで安心出来、全員の意識が音楽に集中できる現場では出音自体が変わるという貴重な体験も出来ました。
4.1-3を経てのフィードバックと現場にいる人間の成長との関係性
まずWR-81を作り、沢山のNEVEをメンテナンス、NEVE系機器のモディファイで多くのことを発見したことで多くの方たちとの交流が生まれました。その多くは日本を代表するサウンドプロデューサーやエンジニア、作家さんですので、フィードバックの質がとても向上しました。NEVEひとつにしても求めるサウンドの傾向が皆さん違っていて、それがきっかけで多くの発見が出来ました。
WR-81はディスクリートアンプからNEVE互換の構造で開発しています。本物のNEVEがある現場でもNEVE同等に扱えることを前提に製作しています。今後も各社新製品を作ると思いますが、基本的に同じような作り方ではコストで大きなロスが出ます。ですのでプリント基板や表面実装を行っています。WR-81はそういったことは一切せず、OLD NEVE同等の作りというコンセプトを貫いています。
トッププロは一般商品で高額な90点の商品を買っても、100点を入手するためにビンテージを買ったりカスタムしたりします。この5点、10点の差が最終的な作品のクオリティーに確実に影響し、職業エンジニア、プロデューサーとしての成績や評価に直結することを知っているからです。特にこの話は複数のトップエンジニアが口を揃えて言っていました。
そんな方々のフィードバックによりWR-81は素晴らしい仕上がりとなり、モディファイのアイデアも沢山形にすることが出来ました。同時にトッププロの矜持をあらためて肌で感じさせていただけました。
人材育成の過程で学んだことはこれまでも沢山ありますが、今回のケースでは意識してデータとして観察していたことがありました。
それはメジャー現場を含む、プロフェッショナルな現場を見せ続けたということです。
これはもうわかりやすく自分の認識より深い認識で音楽と向き合っている人たちと一日中一緒にいるのでものすごく当たり前なことでもとても腑に落ちるという経験が出来ます。
この腑に落ちるという感覚は能動的に行動して理解するという感覚を非常に刺激します。
信じられないほど細かいことにこだわる場面も、全テイクOKレベルのレコーディング現場もその場にいることで多くのことを学べます。そういったプロの現場は結果を残せないと双方に先が無いのでそういった人間関係や信頼関係も学ぶことが出来ます。
その上で多くの制約があったり、準備が不完全な場合も多いインディーズ案件に対してどうやって向き合うかという意識が生まれます。
プロフェッショナルな現場を見て、高い意識と深い知見を持つことでインディーズバンドの足りない部分や良い部分を判断し、自身も学んだことを現場に還元しながら試して理解することが出来ます。
現在MORGやWAVE RIDERで沢山のスペシャルな楽器やアンプを所有していますが、それらはサウンドの理解やサウンドに大きくかかわってくる素晴らしい楽器の音を知ってしまったためです。それらに触れる機会をレコーディングで提供し、「良い」をバンドと共有することでエンジニア、バンド双方の価値観の再確認やその距離を縮める効果が得られます。レコーディング後に楽器やアンプなどを買ったという報告も本当に多くなりました。
結果、現在のMORGやWAVE RIDERのレコーディング現場はバンドもエンジニアも大きく成長できる環境になっています。
一流の方々との現場で学んだことも沢山ありますが、大きくはやはり目的を明確にすることです。それこそ演者がやりたいようにやったという気持ちよさや達成感は必ずしも本当に良いという結果に結びついているかというとそうとは限らないということ。「やりたいようにやる、やらせる、意見を通す」それそのものが目的になっていないかを確認しておかないと、どこかのタイミングで目的が摩り替わってしまう可能性があるからです。
そういった事態を避ける意味でも正しく目的に向かって、安心して取り組めるように言い回しには気をつけなくてはいけません。
それと同時に、気を使った言い回しばかりで結果に導けない、気付いてもらえないようでは演者は成長できません。
「音楽は平等、勝ち負けなく自由」これはもちろん真理と思います。しかし、職業として音楽と向き合うことを選んだ場合、時代ごとの音楽業界に対応できるように経験の質、鍛錬の質そのものを上げなくてはいけません。これは絶対的な時間の問題ではなく、完全に質の問題です。
音楽に精通し、激動の音楽業界で長らく活躍されている方々の現場から得られる経験はとても形容できないほど素晴らしいものがあります。同時にその経験によりバンドが成長する姿を見て、実際売れ行きや動員などの結果に結びついていく中でこちらも継続して関わっていくにはバンド以上に成長しなければいけないことに気付けます。
本当に良いレコーディングが終わった時にそこにあるのは最高の音源や結果だけではなく、ここからまた互いに挑んでいくという意識であると思います。目的を持つことや達成感を味わうというのは、努力するに当たって本当に有効な手段です。しかし時にここまでで書いたような僅かなズレが後々の結果に大きく関わってきます。
どう強がっても、うまく行っている様に見せても、話題性を考えて行動しても、本質的に目的がブレていないことは本当に重要と思いました。
もう一段階エピソードを変えてまとめてみます。
機材で言えば今は自作キットもあり、簡単な工作で機材を組むことが出来ます。安く手軽にという意味ではとてもいいかもしれませんし、愛着もわきます。しかしそれが本当に良いかどうかに対しては「自分で作った」「機械も触れますという世の中への見え方」などのバイアスが働きます。
組み立てキットや簡単な回路を作ることと、結果としてのサウンドと回路の関係を正しく把握、判断することは似て非なることです。この点において、僕はそういったバイアスを無くすために複数のスペシャリストに実際のモディファイをお願いしたり、自分自身で行ったモディファイも自分以外のエンジニアによるテストや専門の技師に検証をお願いしています。当然ながらそこからのフィードバックで得られる内容は多大な知識や経験値として蓄積されます。また、同時に普段からレコーディング、ミックス、マスタリングとサウンドをシビアに扱い、回路や理論で回路を触らない人間が、サウンドインプレッションで確認しながらモディファイした回路は時に技術者にとっても思いもよらない発見が含まれる事もありました。
レコーディング現場で言えば、厳しく聞こえる事も目標を決めて、段階ごとの結果を確認しながら進めていけば必ず結果につながります。人間なのであうあわないは避けられませんし、時に自分の思い通りに行かない、色々言われることと自分の考えがあわないなどで一度きりで終わることも少なくは無いです。バンド自体が解散してしまうこともあります。ただ、継続して一緒に頑張っているバンドとは確実に一緒に成長できていることは確実です。これは数年遡ってMORGの活動を冷静に見ていただければ結果として確認していただけます。関西からではありえないような速度と角度から音楽業界の一線で活躍する人材を輩出できていること、MORG及びWAVE RIDERの成長率(スタジオ、機材、人材、仕事範囲の増加など)を見ていただければここで言う成長と経験の質の関係性もいくらか可視化出来るのでは無いでしょうか。
最後にこれらのフィードバックにまつわる判断の一例として年間のレコーディング内容の比較で考えます。
A.レコーディングパックでのスタジオハウスエンジニアとして一年働いて、平均100人に届く60組のアマチュアバンドと300曲の音源を作った場合は単純計算で30000人に届きます。
B.職業エンジニアとして平均10000人に届く5組のレーベル所属や運営のしっかりしたバンドと50曲の音源を作った場合は単純計算で500000人に届きます。
この単純計算の値をA.30000B.500000を一曲の予算(単純に¥ということではなく)と仮定します。この数字に質の要素を加えて一年を分解すると、Aは殆ど一日の予算と時間で一曲を仕上げるスケジュールとなっていること、Bは予算的にも一曲により時間がかけられており、プロデューサーやテックエンジニア、ディレクターなどと接する機会も多いという図式が見えてきます。
この質におけるA.B間の経験値の差はこれはもうほぼ先ほど仮定した予算同様の数字の差、A.30000、B.500000という経験値程の差と言えるのではないかと体感しています。
(あまり具体的に言うのもなんですが、平均的な街のスタジオのロックアウトの額と、様々な人間の関わる一流現場の一曲あたりの予算比率もこのくらいの数字の差です)
レコーディングが身近になって20年近く経過した現在。毎日忙しくアマチュアバンドをレコーディングするエンジニアが卓越した技術や音楽知識を持って音楽業界で名をあげることがほぼ無いこと、職業エンジニアが年間に受けられるスケジュールに限りがあり、アマチュア予算で多く関わることが難しいこと。これもまたこの構図をとらえる上で重要な事実と思います。
以前にも書きましたが、レコーディングは音源という結果だけだなく、経験を得る時代です。
単純な結果のみであれば卓録で事足りる時代は意外に早く来るかもしれません。
引き続き様々なフィードバックをしっかりと受け止めて現場に還元していけるように精進してまいります。
2018/10/18